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飼い猫のマミちゃんと一緒に、動物との共存・共生について考えみようと思います。
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ペットフードの値段が上がりましたね。一見するとリニューアル、中身を変えて新しい製品になったように見えるのですが、実際にはそれほど中身は変わっておらず、変わったものといえば重さだけ。

うちの子のドライフードは、今まで1.5キロ入りだったものが1.2キロになって値段は変わらず、もう一種類も100グラム入りの袋が4つ入っていたドライフードが、80グラム入り4つになって、こちらも値段は変わらず。値段が上がっていないようにみえてしっかり量が減っていますから、消費者の負担はかなり大きくなりました。

箱を豪華にする必要なんてまったくないのですから、その分お値段をさげてもらったほうがずっと嬉しいのですが
 

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南房総に花摘みに行きました。今年はちょっと遅かったので、お花も終わってしまっているかも…と思いながら行ったのですが、まだ花摘み農園はやっていて、両手いっぱいの花を摘んできました。

お天気がとてもよかったので、鯛の浦にも足を伸ばし、鯛が見られるという遊覧船に。さすがに海風は冷たく、手が凍えてしまいそうでしたが、海に餌を撒くと寄ってくる鯛の、普段見慣れている姿とはがぜん輝う生命の輝き、美しい姿に思わず感動してしまいました。楽しい思い出になりました。


庭の木蓮が満開になり、今年も目を楽しませてくれました。過去形になってしまったのは昨晩の大風のせい。まだまだ咲き続けてくれていたでしょうに、さすがにあの風では耐えることはできなかったようで、庭一面に花びらが散っていました。

この木蓮、10年ほど前に庭に植えた時にはまだ1メートルほどだったのですが、今では2階の屋根を越えるまでに成長しています。花がすべて散り終わると今度は青々とした葉を茂らせ、暑い夏の太陽を遮る心地良い日陰を作ってくれるのです。
 



友人が、庭にくる猫にえさをあげていました。「最近太ったのよ」と言って写真を送ってきてくれたのを見ると、どうみても太ったのではなく妊娠している体型。あわてて、避妊手術を勧めましたが間に合わず、すでに子供を産んでしまったのだとか。里親を探すことにしたそうです。

猫にえさをあげるというのは、優しい気持ちがあってこそのこと。でも、ノラちゃんにえさをあげる場合、それ相応の責任が生じることも肝に銘じておいたほうが良いでしょう。猫に寛容な人ばかりではありません。糞尿が迷惑だといって、隣の飼い猫を捕獲して保健所に持ち込むなんていう人もいますし、汚いから子供にバットで殺させた、というすごい話を聞いたりもしています。

避妊・去勢手術の徹底とえさ場の掃除、場合によっては里親を探すといったこと、こうした努力は、えさやりをする上での最低限のマナーです。かわいいからとえさやりだけをして、後は知らぬふりというのはとても無責任な行為。地域猫活動をしている方たちの努力を無にしないためにも、猫のえさやりには細かい配慮をしてゆきたいですね。
 



春らしい陽気になり、猫たちも恋の季節らしく、時々縄張り争いでもしているのか、喧嘩の声が聞こえてきます。こんな風景は俳句の格好の材料で、恋猫だのうかれ猫だのは立派な「春」の季語。ところが最近では、こんな猫の鳴き声がうるさいと言って苦情を言う方もずいぶん増えているそうです。犬が怪しい人影に吠えればうるさいと言い、猫が恋に狂えばこれまたうるさいと言う。とにかくシ~ンと静まり返った静寂だけが人間にとっては快適な世界のようです。

他者の存在を許さない、自分にとって「迷惑」であるものはすべて排除し、自分にとって居心地が良ければそれでよいとする風潮。それで良いのでしょうか?人間の他に生きるものの姿が見えない世界、人間の声以外に何も聞こえない世界…これは極めて人工的に作れられた社会でしかありません。それは、人間の「心」などというものが必要なくなってゆく社会につながってゆくように思えてなりません
 



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